福岡高等裁判所 昭和26年(ネ)798号 判決
被控訴人は控訴人に対し、福岡市上赤間町三十二番地の二家屋番号三十六番、木造瓦葺平家建居宅一棟建坪十六坪七合外二階七坪の内階下表東北側十坪五合(被控訴人居住部分)の土間の部分中、南東側約半分(別紙略図(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)、(ト)、及び(イ)の各点を順次結ぶ線をもつて囲まれ斜線を施された部分)を明渡せ。
控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを三分し、その二を控訴人の負担とし、その一を被控訴人の負担とする。
本判決は控訴人勝訴の部分に限り仮にこれを執行することができる。
二、事 実
控訴代理人は、「原判決を取消す、被控訴人は控訴人に対し福岡市上赤間町三十二番地の二家屋番号三十六番木造瓦葺平家建居宅一棟建坪十六坪七合外二階七坪の内階下表東北側十坪五合を明渡し且つ昭和二十八年一月一日以降右明渡済に至るまで一ケ月金三百円の割合による金員を支払え、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決並に担保を条件とする仮執行の宣言を求め、被控訴人は、本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人の負担とする、との判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張及び証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人において、被控訴人は昭和二十七年十月十二日控訴人に対し本件家屋の家賃名義をもつて一ケ月金三百円の割合による昭和二十七年十二月末日までの分を供託したものであると述べた外、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
<立証省略>
三、理 由
福岡市上赤間町三十二番地の二、家屋番号三十六番の木造瓦葺平家建居宅一棟建坪十六坪七合外二階七坪(以下単に本件建物と略称する)が元訴外佐藤嘉六の所有であつたところ、控訴人は昭和二十四年十一月十五日右訴外人から同建物全部を買受けて、これが所有権を取得し、翌二十五年三月三十一日その旨の登記を経たこと、控訴人は従来同訴外人から本件建物の裏側部分を賃借し、被控訴人は昭和二十一年一月同訴外人から本件建物の内階下表東北側十坪五合を賃借し、現にそれぞれ該部分に居住し、これを占有していること及び控訴人において、本件建物の所有権を取得した結果、被控訴人に対して、その賃借部分につき賃貸人たる地位を承継し、昭和二十四年十一月二十八日右賃貸借につき解約の申入をなしたことはいずれも当事者間に争がなく、そして前記訴外人と被控訴人との間の右賃貸借には期間の定がなかつたことが弁論の全趣旨に徴して明である。控訴人は右解約の申入は正当の事由を備えているから、その後六ケ月の期間の経過によつて前記賃貸借は終了したと主張するので、果して、その主張のように正当の事由があるかどうかの点について考えてみるに、原審における控訴本人訊問の結果により、いずれも成立を認め得る甲第一乃至第四号証、成立に争のない甲第五号証、原審証人深川孫平の証言により成立を認め得る乙第一号証の一、二、原審における被控訴本人訊問の結果により、いずれも成立を認め得る乙第二乃至第七号証、原審証人内野チヨウ、藤木進、吉田栄十、月形シヅ、深川孫平、尾石庫之助、佐々木森雄の各証言(但し吉田証人の証言は一部)、原審における被控訴本人訊問の結果、原審並に当審における控訴本人訊問の結果及び原審並に当審における検証の結果を綜合すれば、控訴人は昭和十年頃以来本件建物の前所有者訴外佐藤嘉六から、その裏側部分の階下四畳半一間、階上四畳半二間及び三畳一間を賃借し、その家族三名と共にこれに居住し、自らはホースの金具取附やその修理業を営み、妻シズには助産婦業に従事させて生計を立てて来たが、元来右裏側部分は表道路との間に奥行約六間の表側部分(当時安西某が居住し現在被控訴人が居住する)が介在し直接道路に面していないため、控訴人は右賃借当時は本件建物の北隣の建物即ち現在訴外藤木進方の北側にある巾三、四尺の空地を表道路への通路としていたところ、その後訴外尾石庫之助が右表側部分を印刷材料倉庫として借受けるに及んで、同訴外人の了解を得て該部分に設けられた土間を表道路への通路にあてていたが、被控訴人において同部分を賃借し、これに居住するようになつてからも引続きこれを慣行し該土間を通行させてもらい現在に至つている事実、控訴人は前記裏側部分に居住していては妻シヅが助産婦業に従事するについて不利不便であるし、且自らも消火器の販売特約店や貨物自動車による運送品の集荷業を始めたいとの考から、本件建物を買取つて被控訴人の居住する表側部分を自己において使用したいと希望していたので、昭和二十三年頃被控訴人が訴外佐藤嘉六から本件建物を買受けようとしていることを知るや、同訴外人に対し抗議を申入れて右売買を破談に終らせ、その後前記のように自らこれを買取つた事実、控訴人と被控訴人との間には本件建物の買収をめぐつて右のような経緯があつたため、控訴人において、これを買取つて以来、とかく両者の間感情の疎隔を来し、被控訴人は控訴人方家族や来客が自己の賃借部分の土間を通つて控訴人方に出入するのを快しとせず、夜に入れば表戸を閉めて出入ができないようにしたり、又控訴人方へ来客が訪ねて来てもその取次を拒否するなど、非協調的態度をとるので、控訴人はやむなく夜分などは前記藤木進方北側の空地を通路に使用させてもらい、わずかにその用を足している有様であるが、これも夜間おそくなれば開戸を閉めるので、妻シヅの業務に多大の支障を来している事実、ところが右藤木進方も建物が狭隘なため前記空地をつぶしてこれを拡張する予定になつていて、控訴人はその旨通告を受けて困惑し、同人に懇請し本件訴訟の解決まで、しばらく該拡張工事の施行を猶予してもらつている事実、被控訴人は本件建物の現在部分を賃借した当時、該部分が住居として使用にたえない程荒廃していたため、金四万円近くの費用を投じて漸次天井、敷居、畳、建具などを補修改造し、四畳、六畳各一間に家族六名と共に居住している事実、昭和二十四年十一月中控訴人及び前記佐藤嘉六から被控訴人に対し借家明渡の調停申立がなされ、同事件の調停委員会において、被控訴人賃借部分の土間を折半して、その一半を控訴人方の通路として明渡すべき旨の調停案が示されたが、被控訴人において自己の自転車置場がないとの理由により、これに応じなかつたため、右調停は不調に終り現在においても到底和解の見込がない事実、被控訴人の賃借部分の土間は表道路に面した出入口の部分即ち間口が五尺六寸、奥行が六間一尺あり、奥行約四間の処までは巾に広狭はないが、それから稍々広くなり更に控訴人居住部分の土間との境は狭くなり四尺三寸を算し、そしてその南東側には被控訴人方の木箱を積み重ね、その他容易に移動できる程の作付戸棚や物置が設けられている事実をそれぞれ認め得べく前記証人吉田栄十の証言中右認定に反する部分は措信せず、他に以上認定を動かすに足る証拠はない。
以上認定の各事実に徴すれば、控訴人は本件建物中その現住部分を使用するだけでは、妻の生業に不利不便を感じその企図する新規事業を始めるにも困難な状況であることは、これを窺うに足るけれども、元来控訴人は被控訴人が現にその一部を賃借し、これに居住する事実を十分承知の上で本件建物を買受けたものであり、且その動機も自己の生活の資を増進するため、自らこれを使用せんとするのであるから、その反面からみれば畢竟自己の利益のため被控訴人に対し、その賃借居住部分の明渡を強いるものに外ならないというべく、しかも、控訴人は十数年来現住部分において、その妻と共にそれぞれ前記生業に従事して多少の不利、不便はあつたにせよ、今日まで生計の途を得て一応居住も安定しているのに反し、一方被控訴人は終戦後間もなく相当多額の費用を投じて現住部分に補修改造を加え漸く居住の安定を得ている今日、若し現在の居住部分を追われるならば、戦後の住宅難及び建築費の高騰による新築難の現今社会情勢の下、他に転居することは容易なことでなく、その生活は破滅に陥らないとも限らない事情に鑑みるときは、控訴人において今直に被控訴人の賃借部分をも併せて自ら使用する緊急の必要があるものとは断じ難く、従つて該部分全部につき解約の申入をなす正当の事由があるものとは到底解し得ない。
しかしながら、控訴人の居住部分は直接道路に面していないため、その出入には被控訴人居住部分の土間を通るか又は本件建物の北隣訴外藤木進方の北側空地を通るか、どちらかの一方を選ばなければならない状況にあるところ、同訴外人方の北側空地は右訴外人の都合により早晩使用できなくなる情勢にあるし、被控訴人は控訴人の現住部分の状況からみて隣人相互扶助の精神を喚起し、控訴人に快く自己居住部分の土間を通行させ、来客の取次をするなどその使用に万全の協力を致すべきに拘らず、感情に捉われて、これが協力をおしみ今日においては円満打開は困難な事情にあり、かくては控訴人の妻シヅの業務の性質上多大な支障を来すことは明であるから、被控訴人は多少の不自由は忍んでも、その賃借部分の土間の状況からみて、少くともそのうち半分を緊急、控訴人に明渡して控訴人方と表道路との交通を自由にし、そのため控訴人のなすべき施設をも忍受すべきであり又そうしても被控訴人の住居の安定並に生活の保障が害されることはないものと考えられる。而して前記認定の当事者双方の居住部分の構造、位置及びその使用状況並に該土間の面積位置等を勘案するときは右明渡すべき部分はその南東側の約半分(別紙略図(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)、(ト)、及び(イ)の各点を結ぶ線をもつて囲まれ斜線を施された部分)を相当と認める。
しからば控訴人の本件解約の申入は右部分についてのみ正当の事由があるものと認めるべきであるが、その余の部分については正当の事由がないものとして、その効力を生じないものといわなければならない。従つて本訴請求は右土間の一部についてのみこれを認容し、その余はこれを棄却すべきものとする。
次に本件建物中、被控訴人の賃借部分に対する賃料が従来一ケ月金三百円であつたことは当事者間に争のないところで、右賃料は賃借物件に対照して現今経済情勢上決して高額でないのみならず、ここ数年来値上された形跡も認められない本件においては、被控訴人において控訴人に対し前記土間の一部を明渡したとしても、これをもつて右賃料を減額せなければならない程の事由とは認め難く、従つて控訴人も亦前記土間の一部に対し解約申入の効力発生後の賃料相当損害金の請求をなすべき筋合でないと解するを相当とする。
そこで右と一部趣を異にする原判決はこれを取消すべきものとし、民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第九十二条、第百九十六条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 野田三夫 川井立夫 天野清治)
図<省略>